
死者の日の祭壇「メキシコ民衆芸術の巨匠たちに捧ぐ」
国立民族学博物館 特別展『ラテンアメリカの民衆芸術』 2023年3月9日〜5月30日
製作:山本敦子 [LABRAVA] + 山本正宏 [LABRAVA]
国立民族学博物館(みんぱく)の特別展『ラテンアメリカの民衆芸術』会場ど真ん中の突き当たり、洞窟のような闇の奥でほわっと光る「死者の日の祭壇」。
この祭壇はわたしたちLABRAVA(山本敦子 + 山本正宏)が製作しました。
みんぱくからの依頼で製作プロジェクトがスタートしたのは2022年6月。
まず考えたのはメキシコ・オアハカ州オアハカ市近郊の農村でつくられる祭壇を再現することでした。この写真のような「本物」の死者の日の祭壇です。

「死者の日の祭壇」といっても、商業施設や公共の場所でディスプレイされるガイコツ満載の祭壇と、家族のためだけに一般の家庭でつくられる祭壇は、まったく別のもの。
家庭でつくる「本物」の死者の日の祭壇は、「死者の日」の祭壇とはいっても本来は「諸聖人の日」の祭壇。ですから家じゅうから聖像や聖画を集めて祀ります。そして、センパスチル(マリーゴールド)やフルーツ、死者のパン、いろいろな食べ物やお酒をお供えし、ろうそくとお香で「死者の魂」を迎えます。「死者の写真」はあったりなかったり。聖人は必須ですが、ガイコツは飾りません。
ところがみんぱくの展示では「生」の素材は一切使用できません。となると、メキシコの農村でつくられるような土臭い祭壇を再現するのは困難と判断しました。そこで、田舎の祭壇と、ガイコツたっぷりのディスプレイ用祭壇の要素をミックスして、ややエンターテインメント性を加味した祭壇、ありそうに見えて実際にはあり得ない死者の日の祭壇を創作することにしました。
祭壇全体を構想しつつ、まずは絶対に必要な「死者のパン」を紙粘土でつくることに。もちろん「顔」が付いたオアハカ スタイルの死者のパンにしなければなりません。でも「顔」はどうする?

探したらありました。オアハカの市場でどっさり入った袋売りの「顔」を何袋も買っていたことに気づきました。それに、死者のパンを食べる前に剥がして、大切に日本に持ち帰って保管していた「顔」も発見。

まるで本物のパンをつくるように、毎朝早起きをして、捏ねて成形して乾かして、そして塗って、さらに塗って乾かして、1か月ほどで5つの死者のパンが完成!
パンづくりと並行して、アーチに使うサトウキビや、マリーゴールドの花、フルーツ、胡桃などのフェイク品、ろうそくなどをネットで探して買いまくります。
そして、LABRAVA店内はもちろん、自宅や実家の棚までも物色し、そのうえ利根山光人さんのご長女、立花雅子さんにもお願いして、祭壇に使えそうな品々をピックアップしていきました。オイルクロス、コップろうそく、酒瓶、酒器、チョコラーテの箱、メキシコ産の葉巻、キャンドルスタンド、聖像、布類、死者の日の市で買った祭壇用グッズなどなど、こんなにあったのか、と自分でも呆れるほどに使えそうなものがどんどん見つかりました。
祭壇づくりでいちばんに心がけたのは、ディスプレイ用の祭壇にありがちな安っぽいものにしないこと。ただでさえ花やフルーツなどはフェイク品。とにかく本物の民芸品や日用品をたくさん飾ることで、土臭い「本物感」を出すように心がけました。そして楽しく、美しい祭壇を目指しました。




そうしてつくり集めた品々をみんぱくに発送。2022年9月に国立民族学博物館で最初の試作を行いました。

万博記念公園に位置するみんぱくでの展示ですから、梅棹忠夫初代館長の写真と、太陽の塔を飾りたかったのですが、さまざまな事情で断念。落花生も飾ろうと思いつき持参しましたが、乾いていても食べ物はNGとのことであきらめました。
できあがりをながめてみるとなんとなく物足りないような気がしてきました。マリーゴールドを増量してほかの花も加えるなど、これからさらに工夫を加えることに。
たとえば死者の写真。
まずはマヌエル ヒメネス(1919-2005)。オアハカン ウッド カーヴィングの創始者にして偉大なる民衆芸術家。この『ラテンアメリカの民衆芸術』展でメインキャラクターを務めるナワールの作者アンヘリコ ヒメネスとイサイーアス ヒメネスのお父さんです。会場全体を支配するナワールの生みの親の写真をここに飾らないわけにはいきません。

そしてイシドーロ クルース(1934-2015)。『ラテンアメリカの民衆芸術』展の2階に展示されている、尻尾がぴしっと立った猫背の悪魔の作者です。


さらにチアパス州チャムーラのパスクアラ パティスタン リカンチトン(?-2013年)。Great Masters of Mexican Folk Art の200組にも選ばれたメキシコ高地マヤを代表する刺繍と織りの名人でした。

さらにグメルシンド エスパーニャ オリバーレス(1935-2018)。メキシコ伝統玩具の黄金時代を知る最後のおもちゃ職人です。

4人ともにわたしたちが生前に知り合うことができたメキシコ民衆芸術の偉大な巨匠たち。この4人の写真を加えることにして、祭壇のコンセプトが固まりました。名付けて、
『メキシコ民衆芸術の巨匠たちに捧ぐ Tributo a los Grandes Maestros del Arte Popular Mexicano』
です。
そして2022年10月に国立民族学博物館で祭壇を再製作。

『ラテンアメリカの民衆芸術』図録に掲載された「図録ヴァージョン」がこれです。

かなり完成形に近づいてきました。ところが会場の図面を見ると、床、壁、天井に使えるスペースがあることに気づきました。そこで、張子のガイコツ、カゴ類、ポスター、パペルピカードなどをさらに追加することに。展示前に防虫処理を施さなければならないので、会期より早めに納品しなければなりません。追加の品々は、2023年1月に送付。あとは本番の製作を待つだけ。
そして2023年2月27日、みんぱくの特別展会場で本番用祭壇の製作を開始。



展示用の本番ともなると想像以上に製作時間がかかります。ほぼすべてのパーツを、ズレたり落ちたりしないように固定しながら進めなければならないからです。固定する作業は林アトリエさんが担当してくださったのですが、パーツがあまりに多くてたいへん。多くしたのはわたしたちなので、申し訳なくて……。







そのほかさまざまな思い出の品を、山盛りに、乱雑に、左右非対称に、を心がけて配置。林アトリエさんには電飾関係も製作していただき、わたしたちの要望をすべて実現してくださいました。

祭壇だけではありません。まわりの床、壁、天井も飾りつけていきます。メキシコの家をイメージした漆喰風の壁、テラコッタ風の床もイメージどおり。会場デザインの上さんが希望をかなえてくださいました。








当初は2日間で製作を終える予定でしたが、結局3日間かかりました。オアハカの農村でつくられる祭壇を基本としつつ、オアハカ州だけでなく、プエブラ州、モレーロス州、ゲレーロ州、グァナファト州、チアパス州、ミチョアカン州、メキシコシティなど、メキシコじゅうから集めた民芸品を、ヴィンテージ作品から現代のものまで、また巨匠から無名の職人の作品まで、思うままに散りばめて、本場メキシコではあり得ない祭壇ができあがりました。日本人の目を介した『メキシコ民衆芸術の巨匠たちに捧ぐ』祭壇というわけです。メキシコらしい「ふつうの死者の日の祭壇」に見えるようにつくりはしましたが。
そして展覧会開会の前々日、2023年3月7日に最終確認とライティングを調整して、ついに完成。3月9日に公開となりました。

展覧会終了後は解体され、一部は当店に返却されますが、ほとんどはみんぱくに収蔵されます。3か月ほどの役目を終えて、祭壇の飾りたちは、いつかまたみなさんにご覧いただける機会がやってくることを夢見つつ、静かに休むことでしょう。