LABRAVA

メキシコノート 0059

シエラ ゴルダ山岳地帯のメキシコ バロック教会堂

メキシコ・ケレタロ州シエラ ゴルダのフランシスコ会伝道所群 ハルパンのウルトラ バロック教会堂
Jalpan de Serra, Queretaro, Mexico, 2013

いつも「ここ」にじっとしているのが嫌になる。世の中にはまだ知らないところがたくさんあるのに、そこを見ないで死ぬなんてもったいないんじゃないかって思ってしまうんだ。だから、あのときのメキシコへの旅も、行ったことのないところを探した。でそんなときに、ケレタロ州のシエラ ゴルダという山岳地帯に18世紀に建てられたメキシコ バロックの教会堂がたくさんあって、土俗的な装飾のファサードがすごいらしい、ってことがわかって、なんかとっても見てみたくなったんだ。2003年に世界遺産に指定されたシエラ ゴルダのフランシスコ会伝道所群。地の果てまでもキリスト教を広めようとするフランシスコ会士の心意気、そんな気持ちにはどうしても共感できないし、そういう暑苦しさは引いちゃうけど、山の中に佇むメキシコ バロックの教会堂は美しいだろうなって。

訪れたいシエラ ゴルダの伝道所は五つあるんだ。この五つの伝道所が世界遺産に指定されている。まずはシエラ ゴルダ山岳地帯のちょうど真ん中あたりにある小さな町、ハルパン デ セラを目指す。五つの伝道所のうちのひとつ、サンティアーゴ デ ハルパン伝道所は、この町の中心にあるから、町に着くなり歩いてすぐ見にいってみたんだ。表面をびっしりと植物文様の彫刻に覆われたファサードは、評判どおり土俗的でこってり濃厚。フランシスコ会士の監督のもと、実際の建築作業を進めたのは先住民パメ族だったってことだから、パメの感性で作っちゃったんだね。こんなのがあと四つも建ってるんだから、たしかに世界的な遺産だな。山の中に取り残されたように伝道所が建ってるんじゃないか、なんていう想像は裏切られたけれど、とにかくハルパンに着くなりミッションをひとつクリアだ。

シエラ ゴルダ滞在は1日半って決めていた。けれど、土地勘のない山奥で、路線バスや乗り合いタクシーなんかを乗り継いで、点在する残り四つの伝道所を1日半で回ることは不可能に思えてきた。もちろん自前の足はない。自動車の運転免許すらないもの。ガイド兼運転手を雇うにはお足が必要。自前の足は即席ではどうにもならないんだから、この際ガイドにお足を差し出すことにしなきゃ。

とにかくガイドを雇って、ハルパンの北約35キロの村コンカーにあるサン ミゲル コンカー伝道所に向かう。サン ミゲル コンカーの教会堂も、ファサードが植物文様の彫刻に覆われ、聖人の像や天使の顔などがごてごてと配置されている。サンティアーゴ デ ハルパンの教会堂よりも先住民の感性がさらに色濃く反映されているみたい。午後の陽がぐんと傾く時間になると、そのオレンジ色のファサードが夕陽を浴びてより赤く輝き出す。なんだかフランシスコ会士の布教へのめらめらとした情熱が乗り移ったかのようだ、なんて思ってみたりして。いや、それよりも無理矢理ここに集められて改宗させられた先住民たちが流した血の色、かも。こうしてふたつめもクリアした。

すると「この近くにアウェウェテの巨木があるから見に行こう」とガイドがいう。アウェウェテっていうのは日本ではラクウショウとかヌマスギとか呼ばれてる木のこと。ところがこのガイド、多忙な兄の代わりにやって来たピンチヒッターで、兄のように詳しくないから場所をよく覚えてない。いろんな人に道を聞きながら、サッカー グラウンド横にこんもりと生えている巨木にようやく到着。樹齢千年以上、幹周22メートルといわれている巨木だけあって、たしかに大きい。とはいえ、同じアウェウェテでもオアハカ州トゥーレにある巨木には遠く及ばなかった。トゥーレの木は山みたいに大きくて遠くからでも目立つもん。でもさ、この巨木なかなかいい。周りに水が湧いていて、小魚すら泳いでいるんだ。近くによって木肌に触って、水に手を浸したりして。トゥーレの木は柵で囲まれていて触れないからね。

さて、おまけにもうひとつ「水の色が違う川が合流しているラス アドフンタスと呼ばれているところがあるよ」とガイドが教えてくれた。国道69号線をハルパン方面に少し戻って、橋の上から深い谷川の合流点を見下ろすと。やや青みがかった乳白色に濁ったサンタ マリア川に、透き通ったエメラルドブルーのアユトラ川が合流して、その水が混ざらずに二色に分かれたまま流れている。水温が違うから混ざりにくいらしい。サンタ マリア川が暖かい水、アユトラ川が冷たい水なんだって。この川で水浴びしたり、河原でキャンプしたりできるけど、今日は平日だから川辺でたむろするバイカーや親子連れがぽつぽつといるだけ。だんだんと黄昏の寂しさが募ってきて、ヤマ場のない映画を観たような気分でハルパンに戻り、シエラ ゴルダの1日めが終了した。

次の日の朝。今度は弟ではなく、兄の本物のガイドが来てくれた。本日ひとつめは、ハルパンから国道120号線を東に30キロほど行ったところの村ランダ デ マタモロスにあるサンタ マリア デ ラ プリーシマ コンセプシオーン デル アグア デ ランダ伝道所。聖人や人魚などの彫刻がごてごてと表面を飾っている教会堂のファサードはやっぱり赤い。その土俗的なファサード左側に鐘塔、教会堂の右に修道院があるのも昨日見たふたつの伝道所と同じ。どの伝道所も全体の印象は似ていて見分けがつかなくなりそう。まあ、とりあえず三つめをクリア。

次に目指すのはランダから北東約40キロに位置する村サン アントニオ タンコヨルにあるヌエストラ セニョーラ デ ラ ルス デ タンコヨル伝道所。ここも今まで見た伝道所と形や様子はそんなに変わらない。けれど、ここでは修道院の中庭に入れてもらったんだ。そしたら回廊に囲まれたこじんまりとした庭にマンダリン オレンジやライム、パパイヤの木があって、生活のにおいがしてあったかい感じがした。故郷スペインを離れてアメリカ大陸、それもシエラ ゴルダの山奥で先住民に布教しながら暮らすってどんな気持ちだったんだろう。さて、四つめもクリアだ。

そして、ついに最後のサン フランシスコ デ アシス デル バジェ デ ティラコ伝道所がある村ティラコに向かう。タンコヨルからランダの手前10キロほどのところまで戻り、左の山道に入って南東へ約20キロ、山の中を長いこと上ったり下ったりしながら辿り着いた。そして、見えてきた教会堂。ティラコの伝道所は、思い描いていた「山の中に佇むメキシコ バロックの教会堂」のイメージにほぼぴったりだった。山奥の小さな村にある緑に包まれた伝道所。芝生のアトリオに立つと、山の風のほかはなんにも音がしなくて気持ちいい。五つの中でここがいちばん好きだな。

さて、世界遺産なのに観光客が全然いないシエラ ゴルダのフランシスコ修道会伝道施設群をすべて見終えてハルパンに戻る。で、次にどうしたかっていうと、たくさんあるアイスクリーム店の中の一軒でアイスクリームを買って食べた。サンティアーゴ デ ハルパン伝道所前の中央広場で。いちごがごろごろ入っているアイスクリームを食べながらサンティアーゴ デ ハルパンの教会堂を見上げていると、教会堂から時を告げる鐘の音に続いてカリヨン風の音色でマセドニオ アルカラー作曲のワルツ『ディオス ヌンカ ムエレ』が流れてきた。その物悲しいメロディを聴いていたら、ひとつひとつの伝道所の姿がぽかりぽかりと思い浮かんできたんだ。そうしたら、なんだかグッときちゃった。まあ、こうしてシエラ ゴルダのメキシコ バロック教会堂を巡る旅は終わったってわけ。しんみりとじんわりと、来てよかったな、って思ったよ。