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メキシコノート 0055

パスクアラ パティスタン リカンチトンの幸福な死

メキシコ チアパス サンファンチャムラ マヤ 女性 パスクアラ パティスタン リカンチトン
Chamula, Chiapas, Mexico, 2012

パスクアラさんが亡くなった。

「最高の死に方だね。彼女のように死ねたらいいな」と、その訃報を知らせてくれたマヤ系先住民ツェルタル族の友人は言った。

パスクアラ パティスタン リカンチトン。2013年10月没。享年65~75歳だそう。正確な年齢は本人も家族も知らない。パスクアラさんはメキシコ南部チアパス州のマヤ系先住民ツォツィル族の村チャムラの女性で、メキシコの手工芸の名人を集めた『グレイト マスターズ・オブ・メキシカン フォーク アート』150組にも選ばれている刺繍の名人である。チャムラ村サン ファン チャムラ地区のセテルトンと呼ばれる集落の、林の中の細い山道を足元に気をつけながら下って上ってたどり着く一軒家が彼女の家。緑に囲まれた山の斜面にへばりつく家の前に、長い髪をおさげにまとめた民族衣装姿の小さなパスクアラさんがちょこんと座る光景は、童話や昔ばなしの一場面のよう。娘や孫たちと一緒にツォツィル語でなにやらしゃべりながら、そしてときどき静かに笑いながら、ショールやブラウス、民族衣装姿の人形に刺繍をほどこす。小さいけれどしっかりとした指先が色とりどりの糸を繰り、チャムラ村の民族衣装に特徴的なカラフルで可愛らしい丸や線の模様が現れる。そんなパスクアラさんの様子を見ていると、これこそ理想的な人間らしい生活なのでは、と思われたものだった。

その日、パスクアラさんはいつものようによく働き、たくさん食べて寝た。そして翌朝、目を覚まさなかった。痛みも苦しみも恐怖もない自然な死。天寿をまっとうしたというには若いような気がするけれど。

刺繍の名人のパスクアラさんは死の迎え方も名人なのだった。