LABRAVA

メキシコノート 0051

ジャック・ケルアック オリサバ210番地

ジャック・ケルアックが滞在したメキシコ シティのアパートから
Mexico D.F., Mexico, 2009

メキシコシティのオリサバ210番地に立つ。
ウィリアム・バロウズもジャック・ケルアックもここにいた。
なにしろ、ここはメキシコでのビートたちの中心。
ビル・ガーヴァーという不思議なモルヒネ紳士に引き寄せられるかのように、
グレゴリー・コルソ、それにアレン・ギンズバーグだって。
ケルアックは『トリステッサ
&「メキシコシティ・ブルース」、
その名も「オリサバ二一〇番地ブルース」を書く。
屋上の小さな部屋で。

ジャック・ケルアックとメキシコ。
始まりは、バロウズを訪ねての来墨。
その様子は『路上(オン・ザ・ロード)』で書かれたとおり。
甘酸っぱく、センチメンタルな旅。
ケルアックと、もう一人の主人公ニール・キャサディの末路を知るだけに、より切ない物語。
メキシコを南へ南へと、つっぱしりひたすらメキシコシティを目指す。
メキシコに、アメリカ大陸のあるべき姿といにしえの情景を求めていたケルアック。
純粋に、無邪気に、ゆく先々でむちゃくちゃに楽しみながらも、
ふとメキシコ人の先住民の血を、心の底から敬愛する。
そのそばでキャサディは、メキシコの山の少女に「胸がきゅんと」なる。
それを読むほうもきゅんとさせられる。

この旅の終着点は、ウィリアム・バロウズ夫妻の住むメデジン37番地。
オリサバ210番地からは、数ブロックのところである。
その後11年間に数回、メキシコシティを訪れては、書いたり遊んだりしたケルアック。
『路上』の田舎町には、アメリカ大陸のあるべき姿もいにしえの情景もあったかもしれないが、
メキシコシティではどうか。
都会の、恐るべき人口の、膨張し続ける首都では。
そのうえ、ケルアックが知るメキシコ人の大方は売人と売春婦だったのでは、
と勘ぐると、いにしえの情景が欲しければ、
なぜ『路上』で通ったような田舎町に滞在しなかったのか、
とも言いたくなる。
しかし、
首都には白人が多いとはいえ、結局のところほとんどが先住民族の血を色濃く残すメキシコ人。
悲しいことに貧しければ貧しいほど、先住民の血も濃くなる。
だから、
売人や売春婦ならなおのこと、大陸のいにしえの名残、
そして、あるべき大陸の姿、なのだ。
田舎町とはちがう、そんな都会の生き生きとしたいにしえの名残は、せつなくノスタルジーをかきたてる。
と、感じていたのかもしれず。

オリサバ210番地から、ウィリアム・バロウズやジャック・ケルアック、
ビートたちも見たであろう、道をはさんだ向こう側に目をやる。
ビートたちのオリサバ210番地のアパートは、壊されてもうない。
首都の、ここ瀟洒なローマ地区の道行く人びととてやはり、先住民族の血を色濃く残すメキシコ人。
建物はなくなれど、人びとは何も変わらず、大陸のあるべき姿を残す。
せつなくも力強いメキシコ。