LABRAVA

メキシコノート 0047

りゅうぜつらんのお酒

りゅうぜつらんのお酒
Puebla, Puebla, Mexico, 2009

メキシコのお酒といえば竜舌蘭からつくられる蒸留酒、テキーラ。ただ、「テキーラ」と名乗ることができるのは竜舌蘭のなかでも限られた品種を使用し、ハリスコ州テキーラ村などのいくつかの産地で、決められた製法によってつくられたものだけである。スコッチ、コニャック、シャンパン、球磨焼酎、壱岐焼酎などと同じように産地と製法が特定されているからだ。だから世のなかにスコッチ以外にもウイスキーがたくさんあるように、球磨焼酎以外にも日本全国に米焼酎があるように、メキシコにもテキーラとは呼ばない竜舌蘭の蒸留酒がある。それはメスカル。

メスカルはメキシコ各地でつくられているけれど、とくに有名なのはオアハカ州で、州都オアハカ市の街なかでは多くのメスカル専門店を見かける。専門店以外にもスーパーマーケットや酒店で結構な種類のメスカルを売っているから、比較的大きな会社がつくったものから、ひとりだけで切り盛りしている小さな蒸留所でつくられるものまで、さまざまなメスカルをかんたんに手に入れることができる。けれど、心の底からうまいと思えるのは、やはり小規模の蒸留所でていねいに手づくりされたものだ、という気がする。

小さな蒸留所でつくられる地メスカルは地元の人たちのための普段使いの酒だから、きちんとしたボトル入りで売られるよりも、量り売りされていることが多い。意外なところで売られていることもある。なかでもオアハカ市内のある靴修理店。うまいメスカルがあるから飲みに行こう、と誘われて出かけたからたどりつけたものの、「メスカルあります」というような看板や張り紙などはなにもなく、メスカルを供するなんて想像すらできない店構えである。ところが注文すると当然のように奥から大きなポリタンク入りのメスカルが出されてくる。薄ら黒く汚れた靴修理の道具や材料に囲まれた暗く狭い工房で、油のにおいをまといつけながら、灯油を入れるようなポリタンクから小さなコップにメスカルを注いでもらい試飲する。機械油と靴墨臭にまみれているにもかかわらず、いやこんな意外性がある場所だからこそか、これが殊の外うまく感じた。フレッシュかつ繊細でうまみも申し分ない。椅子まで勧めてもらってすっかり腰をすえ、何故こんなところで酒を飲んでいるのだろうという疑問もすっかり消え失せ、小さな靴修理台越しに何度目かのおかわりをもらっていると、ニコニコと笑いながらお客さんが入ってきた。と思ったらこの人が蔵元であった。オアハカ市の東南150kmほどのところにあるエル・カマロン村でメスカルをつくり、この靴修理店で売ってもらっているのである。せっかくなので今まで飲んだなかでこのメスカルがいちばん感動した、と蔵元に伝えたつもりだったが、試飲の域を超えてもう結構な感じにできあがっていた酔っぱらいの言葉をわかってもらえたかどうか。おもては黄昏までにはまだまだ間がある明るい日ざしの、オアハカの午後であった。