LABRAVA

メキシコノート 0025

ホセー・ガルシア・アントニオさんの人魚

San Antonino Ocotlan, Oaxaca, Mexico, 2004

人魚の伝説は、世界中にある。人魚があらわれると、そのあまりの美しさにみとれて舵をとりそこね船が転覆してしまうという言い伝えや、人魚の肉を食べて不老不死の体を手に入れた女の子がそんな体を持て余して洞窟にこもってしまったお話とか。オアハカ州のオアハカ中央ヴァレー地方にも語り継がれている人魚伝説がある。川に行って水浴びばかりしていた女の子。あまりに度が過ぎて、ついにお母さんに川へ行くことを禁じられた。それなのに、ある日また川に出かけて、家に帰ってこなかった。実は、腰から下がうろこに覆われて魚のようになり、帰りたくても帰れなくなったのだった。人魚となった女の子は、家に帰りたいと思いながらギターを弾いて自分をなぐさめている、というお話。ギターはスペイン人がアメリカ大陸に持ち込んだものだから、ギター云々という部分はあとでつけくわえられたお話なのかもしれない。そもそも人魚伝説自体がヨーロッパからやってきたのか。それはともかく、そんな理由があって、オアハカはもとより、メキシコのフォークアートの人魚は、ギターを持っていることが多い。みんな家に帰れない自分をなぐさめるために、ギターをつま弾いていたのだ。

数あるフォークアートの人魚のなかでも有名なもののひとつが、オアハカ州サン・アントニーノ・オコトラン村のホセー・ガルシア・アントニオさんがつくる無彩色の素焼きの人魚だ。ユニークな動物の人魚なども楽しいのだが、やはり等身大の、すっとまっすぐにのびた上半身とくるっと曲がったしなやかな尾の人魚は迫力がある。周りに侍らせた海の生き物や星と月などのモチーフも楽しい。視力は失われたものの、触覚とイマジネーションで作品をつくるホセーさん。暗い工房で黙々と大きな香炉をつくるホセーさんのそばには、大きな人魚がギターを持って凛と立っていた。

オアハカの人魚は船を転覆させたりするような、災いをもたらす存在とはされていない。災いどころか、人魚を見ることができたなら、それはとてもラッキーなことだと信じられている。なんでも、6月24日のサン・ファン(聖ヨハネ)の祭りの日がいちばん人魚に出会う確率が高いのだとか。人魚といえばちょっと悲しい話が多いのだけれど、ラッキーな存在として好まれフォークアートのモチーフとして楽しまれるなんて、家に帰れなくなったとはいえ、悲しい存在として終わらないオアハカの人魚はしあわせなのかも。