LABRAVA

メキシコノート 0019

メキシコのホットチョコレート

メキシコ・オアハカのホット チョコレート
San Martin Tilcajete, Oaxaca, Mexico, 2011

チョコレートは、子どものころからあまりになじみ深く、いったいだれが最初につくったのかとか、どこが原産なのかなど考えたこともなかった。ところが、ヨーロッパの高級ショコラがもてはやされ、カカオの含有量や産地を売りにしたチョコレートが市販されているのを見ると、ようやく原料のカカオのことが気になってくる。カカオの産地としては、ガーナやコートジボワールなどのアフリカの国々が有名だ。ところが、原産地はメキシコやグァテマラなどの中米の国々なのである。

メキシコがまだメキシコではなかったころ、スペイン人に征服される前から、カカオは食されていた。すりつぶしたカカオとトウモロコシに、バニラなどの多様なスパイス、ときにはハチミツを入れるというのが、その食しかたであった。これがチョコレートのプロトタイプとなったカカワトルという飲みもので、貴族や位の高い兵士しか味わえない神聖なものだったらしい。カカオは征服者スペイン人によってヨーロッパに伝わったのだけれど、この味のままでは受け入れられない。そこで、スペインではトウモロコシを入れずに砂糖を加えるなど、ヨーロッパ人向けに味を改良したのだった。これが現在のホットチョコレート。その後、ホットチョコレートはほかのヨーロッパの国々に伝わり、オランダでココアになったりイギリスで板チョコがつくられたりして、今のような多様なチョコレートが誕生していった。その間、カカオの供給先もあまりの需要に追いつけず、アフリカやアジアでも栽培されるようになっていった。

今のメキシコでは、スペインで改良された砂糖入りのホットチョコレートが一般的だ。だいたいの場合、ただチョコレートといえば、ホットチョコレートのことを意味する。メキシコ国内ほとんどのレストランのメニューにはホットチョコレートがあるし、スペイン風のホットチョコレートとチュロスだけのカフェもある。オアハカ州オアハカ市内にはチョコレートの有名店が軒を並べていて、店の前を通ると、カカオ豆をひくおいしそうな、ちょっぴり味噌のような香りが漂ってくる。ちなみに、メキシコ料理にはカカオを使ったソース、モーレもある。モーレはカカオとさまざまな香辛料をつぶして混ぜてつくるので、チョコレートのソースのようなもの。カカオのコクと香辛料の香りがとけあって、なんともいえないクセになるようなおいしいソースだ。さすがにカカオの原産国、カカオを知り尽くしているのだな、などと思わせられる。さて、もともとのメキシコのカカオの飲みものカカワトルは、今のメキシコで味わえるのだろうか。実はそれに近いものがある。オアハカで飲めるテハーテとよばれるものがそれだ。テハーテはカカオにトウモロコシが入っているので、まさに古代のメキシコの味。市場などで大きな壺で売っていて、一杯くださいというと、その大壺の上で、テハーテをひょうたんのお椀にすくっては流す。これを何回もくり返してテハーテの表面を泡立て、その泡とともにお椀に入れて渡してくれる。大昔、カカワトルの泡は特別なごちそうとされていたらしいから、この泡立て作業は時を超えた技なのだ。

ホットチョコレートはもちろん家庭でも食される。ホットチョコレートにパンを添えれば、りっぱな朝ごはんだ。そんな朝ごはんを、オアハカン ウッド カーヴィングの作家イシドーロ・クルースさんの家でごちそうになった。ホットチョコレートは奥さんのマルガリータさんの手作り。カカオにシナモンやアーモンドをつぶして混ぜ、砂糖を加え、直径6センチくらいのだんごにして保存してある。大きさといい色といい、光らない泥だんごといった雰囲気だが、こちらは食べても大丈夫。これを水かミルクに入れて温めてホットチョコレートにするのだ。器に注ぐ前に、モリニージョというホットチョコレート専用の木製泡立て器で撹拌してよく泡立てるのがおいしくつくるコツ。ホットチョコレートでもやっぱり「泡」がたいせつなのである。実際、泡はおいしい。イシドーロさんの家のテラスで、朝の少し冷たい空気のなかで飲むあったかい手作りホットチョコレートはとてもおいしかった。マルガリータさんのホットチョコレートは有名店のものよりもろくて溶けやすい。それにちょっぴり甘みが強め。そこがいい。いわゆるおふくろの味というものだろうか。泡を口周りにつけながら飲むマルガリータさんのホットチョコレートは温かいし暖かかった。