イシドーロ・クルースさん日本滞在記 |
3月31日~4月8日、「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展のために、作家のイシドーロ・クルースさんが来日しました。オープニングレセプション、ワークショップ、とハイテンションでこなしていったイシドーロさんではありましたが。 |
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「この帽子、おれがかたちを直したんだ。オヤジがかぶっていたのと同じかたちにね」。 |
日本でイシドーロさんに会う、なんていうことがちょっとしっくりこないような、こそばゆいような、うれしいような気がしながらも、まずはホテルにチェックイン。その後一緒に会場のグラフへ向かう。グラフビル4Fの「ソクラテス」で食事とビール、そして打ち合わせがすむと、ホテルへ戻る。イシドーロさんはかなり眠そう。それもそのはず、オアハカの家を出てから2日がかりの旅だったんだから。ほんとうによく来てくれたものだと思う、あんなに遠いところから。 |
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朝食を求めて、勝手わからぬ大阪の街を歩き回る。「オアハカ、オオサカ、似てるねえ」「日本はきれいだなあ。メキシコみたいにゴミが落ちてないね。どうして?」「自転車が多いね。これは売ってるの、それとも停めてあるだけ?」。イシドーロさんは展覧会のために何度も海外に出かけているし、ニューヨークにも住んでいたことがあるので、都会の街並には特に驚きはないようだけれど、日本への疑問はつきない。 |
そしてなぜか朝から天ぷらうどんを食べる。「はしが使えるように練習しなくちゃ」、とはしの使い方を猛特訓。その後、コーヒーとあんぱんも。うまそうに食べていた。 |
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で、グラフにて打ち合わせ、「ソクラテス」でまたしてもビールなど。 |
夜には「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展のオープニングレセプションが行われる。イシドーロさんはいろいろな方と会って、お話ししていた。コロナビールをたっぷりと飲み、さらにホテルに戻ってからも「やたがらす」「真澄」などの銘酒を楽しむ。日本酒は初めてだそうだが、「さけ、とってもうまい」。 |
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木片に鉛筆で線を引き、削ったり、くり抜いたり。ひとりひとりの作品に、イシドーロさんが自らマチェーテ(山刀)をふるってお手伝い。 |
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マチェーテをふる。ふる。木を削る。削る。 |
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あまりに熱の入ったワークショップ。彩色するころにはこんなに暗くなってしまいました。 |
でも、参加された方たちはみなさんうれしそう。イシドーロさんもとってもうれしそう。みなさんおつかれさまでした。
みんなで記念撮影をしたあと、グラフを後にして、焼酎を一杯、いえ数杯ひっかける。いろいろなつまみを食しながら「伊佐大泉」のお湯割りや「富乃宝山」のロックなどを楽しむ。曰く「さけもうまいけど、焼酎もうまいなー」。とくにてりやき系の味付け、明太子、枝豆などが気に入ったようだが、豆腐、さつまあげ、餃子など、なんでも「うまい」と食べていた。 |
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基本的に初日と同じ進行。削って、彫って、塗る。いろいろなガイコツができました。 |
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子どもたちも参加してくれた。きっとイシドーロさんは孫のアマウリー(3歳)のことを思い出したかも。ちなみにアマウリーは会場で流されている映像にも登場しています。 |
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ガイコツ製作終了後、イシドーロさん撮影会、サイン会、みんなで記念写真を撮って、無事ワークショップも終了。実はこの日のワークショップの間、すごく調子が悪かったそう。疲れがたまっているのか、イシドーロさんは肩もみを喜ぶ。 |
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そして。濃いめの芋焼酎お湯割りを大きなグラスで立て続けに3杯。「さっきまで病気だったけど、焼酎飲んだら治って元気になった」。でも、これは元気になりすぎ。 |
4月4日。 |
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きょうワークショップに参加してくださる予定だったみなさんに、ホテルの部屋でお詫びのメッセージを書く。 |
4月6日。 |
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なんとか体調を取り戻したイシドーロさん。新幹線で東京へ向かう。風邪の原因については「神さまがおれに与えたんだろう」と分析。「おれはカトリックは信じてない。おれが信じているのは3つの神。ひとつは神の中の神、見えないけれどどこかにいる神だ。もうひとつは、自然の神、山や植物やいろんなものに神がいるんだ。もうひとつは、死を司る神だ」。ふーん、サポテコ族の考え方なのかな。「こんなことを考えているのは、おれだけだよ」。あっ、そうですか。 |
新幹線の中では、「秋鹿」「篠峯」を飲み、箱寿司、タコむすなどを食し、桜や富士山、茶畑などに感動しつつ日本を満喫。大阪の街を初めて出たイシドーロさん、「メキシコとは全然景色がちがうねえ」「トラクター、小さいな」。が、やはり絶好調とはいかず、東京についてからは、夕方までほとんどお休み。観光なしで寝て過ごす。夜は山田ご夫妻主催の夕食会。イシドーロさんは旧友ゴルキー ゴンサレスさんの息子、ロドルフォ・ゴンサレス氏と会って喜ぶ。二人はなんだかいろいろと話をしていた。「日本でゴルキーの息子に会うとはびっくりだよな」。 |
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「これはゴルキー ゴンサレスだね、ゴルキー元気かー(とゴルキーさんの写真に呼びかける)」、「アギラール ファミリーは全員よく知っているよ」、(これはイサク・バスケスのラグです)「ああ、知ってるよ」、「この人形はおれのコンパドレのアベリーノ ブランコのだろ」、「あー、これオクミーチョの人形ね」。さすがに詳しいイシドーロさん。実はイシドーロさんは1971~75年の間、国立民芸品館のオアハカ州担当バイヤーでもあったのです。なので、あらゆる種類のメキシカン・フォークアートをよく知る貴重な人物のひとり。その貴重な人物の、当店の感想は「狭いけど、いい店だね。狭いけど、いいよ。狭いけどね」。 |
体調が万全ではないイシドーロさんは、東京でもろくに観光できませんでした。で、わたしたちのホームグラウンド、吉祥寺の八幡宮をちょこっとのぞく。 |
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狛犬に興味津々。その後、斜め向かいの9brandへも。「ケイタの店へ行くのか?」。 |
午後いっぱい昼寝、そして夕方、Hくんも交えてそば屋で軽く憩う。 |
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「また、オアハカで会おう。今度はうちでアルマジロとイグアナとウサギを食べよう。野ウサギはうちの敷地にいっぱいいるからね」 |
と、帰っていった。 |
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この展覧会を一緒に企画した9brandご夫妻+たまちゃん。 |
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会場であり、展覧会を主催、共同企画したグラフの工藤さん。 |
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この展覧会のために、1977年に製作されたマヌエル・ヒメネスの貴重な作品をお貸しくださった山田俊彦さん。 |
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そして、オヤカタ。 |
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短かったような長かったようなイシドーロさんの日本滞在。ずっとかぶっていた帽子を残して、無事帰国しました。「また日本に戻ってくるから、そのときまで預かっといてね」。 |
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イシドーロさんは帰ってしまいましたが、作品は「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展会場の最初の部屋に20数点をまとめて展示しています。伝説的作家の非凡な創造力をじっくりと楽しんでください。 |
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