LABRAVA
イシドロ クルス 日本

オアハカン ウッド カーヴィング

イシドーロ クルースさん日本滞在記

2005年3月31日~4月8日、「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展のために、作家のイシドーロ・クルースさんが来日しました。オープニングレセプション、ワークショップ、とハイテンションでこなしていったイシドーロさんではありましたが。

さて、日を追って、イシドーロさんの日本滞在の様子をご紹介しましょう。

3月31日。

午後5時50分到着予定の便は遅れていた。午後7時半ごろ。関西空港の到着ロビーのドアが開き、イシドーロさん颯爽と登場。

関空

「この帽子、おれがかたちを直したんだ。オヤジがかぶっていたのと同じかたちにね」。


日本でイシドーロさんに会う、なんていうことがちょっとしっくりこないような、こそばゆいような、うれしいような気がしながらも、まずはホテルにチェックイン。その後一緒に会場のグラフへ向かう。グラフビル4Fの「ソクラテス」で食事とビール、そして打ち合わせがすむと、ホテルへ戻る。イシドーロさんはかなり眠そう。それもそのはず、オアハカ州サン マルティン ティルカヘーテ村の家を出てから2日がかりの旅だったんだから。ほんとうによく来てくれたものだと思う、あんなに遠いところから。

4月1日。

大阪

朝食を求めて、勝手わからぬ大阪の街を歩き回る。「オアハカ、オオサカ、似てるねえ」「日本はきれいだなあ。メキシコみたいにゴミが落ちてないね。どうして?」「自転車が多いね。これは売ってるの、それとも停めてあるだけ?」。イシドーロさんは展覧会のために何度も海外に出かけているし、ニューヨークにも住んでいたことがあるので、都会の街並には特に驚きはないようだけれど、日本への疑問はつきない。


そしてなぜか朝から天ぷらうどんを食べる。「はしが使えるように練習しなくちゃ」、とはしの使い方を猛特訓。その後、コーヒーとあんぱんも。うまそうに食べていた。

グラフ

で、グラフにて打ち合わせ、「ソクラテス」でまたしてもビールなど。


夜には「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展のオープニングレセプションが行われる。イシドーロさんはいろいろな方と会って、お話ししていた。コロナビールをたっぷりと飲み、さらにホテルに戻ってからも「やたがらす」「真澄」などの銘酒を楽しむ。日本酒は初めてだそうだが、「さけ、とってもうまい」。

4月2日。

前日は、おそくまで酒を飲んでいたのに、朝6時には起きてテレビを見ていたとのこと。「花が咲いた木の下で、人が集まって酒を飲んだりしているのを見たけど、なにかお祭りか?」どうやら花見に興味をもったようだ。お昼は梅田の「美舟」でお好み焼きとビール、「おーこーのーみーやーきー、すごくうまいけど熱い」。

この日はワークショップ初日。「わたしはオアハカからやってきたイシドーロ・クルースです。今日は、みんなでガイコツをつくりましょう」。

マチェーテ

木片に鉛筆で線を引き、削ったり、くり抜いたり。ひとりひとりの作品に、イシドーロさんが自らマチェーテ(山刀)をふるってお手伝い。


machete

マチェーテをふる。ふる。木を削る。削る。


gm

あまりに熱の入ったワークショップ。彩色するころにはこんなに暗くなってしまいました。


でも、参加された方たちはみなさんうれしそう。イシドーロさんもとってもうれしそう。みなさんおつかれさまでした。 みんなで記念撮影をしたあと、グラフを後にして、焼酎を一杯、いえ数杯ひっかける。いろいろなつまみを食しながら「伊佐大泉」のお湯割りや「富乃宝山」のロックなどを楽しむ。曰く「さけもうまいけど、焼酎もうまいなー」。とくにてりやき系の味付け、明太子、枝豆などが気に入ったようだが、豆腐、さつまあげ、餃子など、なんでも「うまい」と食べていた。

4月3日。

7時に朝食。通天閣でも行こうと思ったが、ちょっと咳をしている。部屋で休みたい?と聞くと、「そのほうがいいと思う」と言うので、昼ぐらいまで休むことに。

そして、ワークショップ、二日目。この日もみんなでガイコツ製作。

パベル

基本的に初日と同じ進行。削って、彫って、塗る。いろいろなガイコツができました。


子供

子どもたちも参加してくれた。きっとイシドーロさんは孫のアマウリー(3歳)のことを思い出したかも。ちなみにアマウリーは会場で流されている映像にも登場しています。


肩もみ

ガイコツ製作終了後、イシドーロさん撮影会、サイン会、みんなで記念写真を撮って、無事ワークショップも終了。実はこの日のワークショップの間、すごく調子が悪かったそう。疲れがたまっているのか、イシドーロさんは肩もみを喜ぶ。


イシドーロさん

そして。濃いめの芋焼酎お湯割りを大きなグラスで立て続けに3杯。「さっきまで病気だったけど、焼酎飲んだら治って元気になった」。でも、これは元気になりすぎ。


4月4日。

月曜はグラフがお休みなので、京都へ観光に出かける、はずだった。それに、この日はイシドーロさん72歳の誕生日。おいしい日本料理でお祝い、のはずだった。が、イシドーロさんは風邪をひいてしまってホテルでお休み。咳もハナも熱も出る、完璧な風邪。なので、グラフの豊嶋氏と工房の職人さんたちが手配してくれたスペシャルな誕生日プレゼントはなしになった。「本当に具合が悪くて、死ぬかと思った」らしい。そして明日の最後のワークショップはキャンセルさせてもらうことに。最後まで「約束だからやる!」と言っていたイシドーロさんではあったけれど。

4月5日。

イシドーロさんの風邪は治らない。

お詫びのメッセージ

きょうワークショップに参加してくださる予定だったみなさんに、ホテルの部屋でお詫びのメッセージを書く。


4月6日。

新幹線

なんとか体調を取り戻したイシドーロさん。新幹線で東京へ向かう。風邪の原因については「神さまがおれに与えたんだろう」と分析。「おれはカトリックは信じてない。おれが信じているのは3つの神。ひとつは神の中の神、見えないけれどどこかにいる神だ。もうひとつは、自然の神、山や植物やいろんなものに神がいるんだ。もうひとつは、死を司る神だ」。ふーん、サポテコ族の考え方なのかな。「こんなことを考えているのは、おれだけだよ」。あっ、そうですか。


新幹線の中では、「秋鹿」「篠峯」を飲み、箱寿司、タコむすなどを食し、桜や富士山、茶畑などに感動しつつ日本を満喫。大阪の街を初めて出たイシドーロさん、「メキシコとは全然景色がちがうねえ」「トラクター、小さいな」。が、やはり絶好調とはいかず、東京についてからは、夕方までほとんどお休み。観光なしで寝て過ごす。夜は山田ご夫妻主催の夕食会。イシドーロさんは旧友ゴルキー ゴンサレスさんの息子、ロドルフォ・ゴンサレス氏と会って喜ぶ。二人はなんだかいろいろと話をしていた。「日本でゴルキーの息子に会うとはびっくりだよな」。

4月7日。

イシドーロさんがついに初めてLABRAVAに足を踏み入れる。

イシドーロ クルース ラブラバ

「これはゴルキー ゴンサレスだね、ゴルキー元気かー(とゴルキーさんの写真に呼びかける)」、「アギラール ファミリーは全員よく知っているよ」、(これはイサク・バスケスのラグです)「ああ、知ってるよ」、「この人形はおれのコンパドレのアベリーノ ブランコのだろ」、「あー、これオクミーチョの人形ね」。さすがに詳しいイシドーロさん。実はイシドーロさんは1971~75年の間、国立民芸品館のオアハカ州担当バイヤーでもあったのです。なので、あらゆる種類のメキシカン・フォークアートをよく知る貴重な人物のひとり。その貴重な人物の、当店の感想は「狭いけど、いい店だね。狭いけど、いいよ。狭いけどね」。


体調が万全ではないイシドーロさんは、東京でもろくに観光できませんでした。で、わたしたちのホームグラウンド、吉祥寺の八幡宮をちょこっとのぞく。

狛犬

狛犬に興味津々。その後、斜め向かいの9brandへも。「ケイタの店へ行くのか?」。


午後いっぱい昼寝、そして夕方、Hくんも交えてそば屋で軽く憩う。

4月8日。

イシドーロさん帰国の日。成田までお見送りする。イシドーロさんがやって来たときにはほとんど咲いていなかった桜が、この日は満開になった。いよいよお別れの時間。

成田空港

「また、オアハカで会おう。今度はうちでアルマジロとイグアナとウサギを食べよう。野ウサギはうちの敷地にいっぱいいるからね」


と、帰っていった。

思い起こせば、大阪滞在中はいろんな人に会った。

seto

この展覧会を一緒に企画した9brandご夫妻+たまちゃん。


グラフ 工藤さん

会場であり、展覧会を主催、共同企画したグラフの工藤さん。


山田俊彦さん

この展覧会のために、1977年に製作されたマヌエル・ヒメネスの貴重な作品をお貸しくださった山田俊彦さん。


オヤカタ graf

そして、オヤカタ。


ソンブレロ

短かったような長かったようなイシドーロさんの日本滞在。ずっとかぶっていた帽子を残して、無事帰国しました。「また日本に戻ってくるから、そのときまで預かっといてね」。


イシドーロ クルース ガイコツ

イシドーロさんは帰ってしまいましたが、作品は「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展会場の最初の部屋に20数点をまとめて展示しています。伝説的作家の非凡な創造力をじっくりと楽しんでください。