LABRAVA

メキシコノート 0050

サン ファン チャムラ

サン ファン チャムラの教会堂
Chamula, Chiapas, Mexico, 2009

チャムラは、メキシコ南部チアパス州の旧州都サン クリストバル デ ラス カサス周辺に点在するマヤ系先住民の村のひとつ。チャムラの人びとはマヤ系先住民族のなかでもツォツィル族に属していて、村はサン ファン チャムラ、サン ペドロ チャムラ、サン セバスティアン チャムラという三つの地区に分かれている。行政の中心はサン ファン チャムラにあり、その中心部には、有名なサン ファン バウティスタ教会堂と村役場などがある。

サン ファン バウティスタ教会堂。ペパーミントグリーンやブルーの地に、花のような模様があしらわれた扉口は、かわいらしくも神秘的で呪術的な雰囲気を醸し出している。教会堂のなかへ入ると、コパル(松やに香)を焚く香りが漂うなか、松葉を敷きつめた床にロウソクを立て、イロル(呪術医)と患者やその家族が座り込んでいるようすに、少しばかりひるんでしまう。呪文のような祈りを唱え、鶏をいけにえとして捧げる。けたたましく響く鶏の断末魔の鳴き声、不思議な祈りのリズム、おおよそふつうの教会堂の敬虔で静かなようすとは似ても似つかない。

それでもサン ファン バウティスタ教会堂はカトリックの教会堂で、チャムラの人びともほとんどがカトリック信者なのである。スペイン人に征服され、カトリックを受け入れたものの、それまでの土着の信仰も捨てなかった。チャムラの世界観にあわせて聖人をとらえ、神父の追放や教会との和解など、いろいろな経緯があって独特な教会堂の使われ方になったのである。カトリックの7秘跡にしても、洗礼式だけは受け入れられているが、ミサや結婚式などは重要視されていない。チャムラの民族衣装を着た歴とした聖像はあるものの、教会堂というよりは呪術医療や民間療法も施される祈祷所といった趣だ。

目の前で繰り広げられているのは、エキゾチックで太古の昔のような祈りの光景ではあるが、すべてがマヤの伝統だと勘違いしてはいけない。お供え物のコカコーラなどの清涼飲料水は言うに及ばず、サトウキビ(またはサトウキビとトウモロコシ)からつくられる蒸留酒ポッシュも、民族衣装の羊毛のスカートや上着も、ヨーロッパから蒸留の技術や羊が持ち込まれなかったらなかったもの。チャムラはそうやって外部のものを受け入れ、チャムラとしてのアイデンティティをその時々に合わせてつくり直しながら共同体を維持してきた。

あやしげな呪術をおこなうマヤ族の村ととらえれば、なんだか未開の地のようであるが、さにあらず。サン ファン チャムラは一大観光地である。サン クリストバル デ ラス カサス周辺のマヤ系先住民の村のなかでいちばん訪れやすいせいか、大型観光バスが次々とやってきて、今や教会堂のなかはチャムラの人びとよりも白人観光客が多いくらいだ。村役場の近くにはお土産物店がずらりと軒を連ね、民族衣装やバッグ、動物やサパティスタ民族解放軍のマルコス副司令官のぬいぐるみなどが売られている。なかには工場製の民芸品もどきや、隣のグァテマラ、それどころかはるか南のペルー産の民芸品まであるのだから、その観光地然とした商魂のたくましさに苦笑いしてしまう。

チャムラの人たちは富をひけらかすような大きな家が好き、という別の村の人の声もある。ひと口にマヤ系先住民といっても、ツォツィル族やツェルタル族などの言語グループに分かれ、さらにそのツォツィル族がチャムラをはじめ、シナカンタンやサン アンドレス ララインサル、チェナローなどの共同体に分かれている。その共同体の間には、小さな軋轢や歴史的な上下関係などがあり、ちょっとしたシニカルな見方もあるのだから、そんな声も割り引いて受け止めなくては、とは思う。とはいえ実際チャムラには、ほかの村むらに比べ大きな家が多いのも事実だ。なかには5台以上の大型車を並べたコロニアル風の豪邸もある。この富へのしたたかさも、チャムラの新たなるアイデンティティかもしれないと思いつつ、その上辺のしたたかさの下にかくれた、共同体を守るための静かなるたくましさを感じずにはいられない。チャムラはその昔、スペインによる征服の際には、この辺りでは最後まで屈服しなかった村である。