LABRAVA

メキシコノート 0040

サン アンドレス ララインサル村のパスクアラ ディアス ロペスさん

メキシコ・チアパス州サン アンドレス ララインサル村の後帯機で織物をつくるマヤの女性
San Andres Larrainzar, Chiapas, Mexico, 2009

メキシコ・チアパス州の旧州都サン クリストバル デ ラス カサスから乗り合いタクシーに乗って1時間弱ほどで、サン アンドレス ララインサル村の中心部に着く。ここには1900年代はじめごろから多くのメスティーソ(白人と先住民の混血)も住んでいたのだけれど、1970年代半ばに数人を残してほとんどが追い出され、いまではほぼマヤ系先住民ツォツィル族だけの村に戻った。この中心部から西へ、いくつかの小さな集落を通り過ぎ、サパティスタ民族解放軍の自治区オベンティックの入り口で見張りに立つサン アンドレス ララインサル村の民族衣装に黒の目出し帽姿の先住民と所在なげに座り込む外国人観光客などを横目にどんどん進む。しばらく行って左に折れ、両側から薮が迫る坂道に入り、砂利というには大きすぎる石がごろごろした急勾配を登りきったところの小集落に、パスクアラ ディアス ロペスさんの雑貨店をかねた小さな家がある。

見事な縫取織が施されたサン アンドレス ララインサル村の民族衣装を身にまとってあらわれたパスクアラさんにいざなわれ、奥の部屋へ。それでは、と壁の上部に一方をくくりつけた後帯機で機織りをはじめるパスクアラさん。果物や清涼飲料、日用雑貨などを売る小さな店を営み、家事や子育てをこなすごくふつうの30歳の奥さんにみえる。ところが、彼女は縫取織の若き達人でもある。文化芸術庁主催のコンクールで受賞した数々の賞状や記念写真が部屋に飾られていて、なかには「生きた伝説」という大層な称号まで与えられているものもあってなんだかすごそうだ。

縫取織は、通常のたて糸とよこ糸のほかに、えぬき(模様をつくるためのよこ糸)を一緒に織り込んでいく技法である。名前のごとく一見刺しゅうのように見えるが、さまざまな色の糸を一本一本手で織り込んでいく気の遠くなるような作業の末にようやくできあがる奥ゆかしく華やかな織り。この伝統的な織りの技と模様は母から娘へと受け継がれていくことが多いなか、パスクアラさんの場合はほぼ独学でマスターしたという。目を数えながらたて糸を拾い、えぬきを入れて、ペン状の動物の骨でひと目ずつ目をつめていく。そしてまた違う色の糸を入れて、と途方もない時間をかけてゆっくりとゆっくりと織っていく。と、模様の目安になる印らしきものがなにも見当たらないことに気づき、目の数などはどうしてわかるのかと尋ねてみる。すると彼女は織りの手をとめ、トントンと自分の頭を指で軽くたたいた。そういうことか、とびっくりしていると、彼女はまたたて糸をていねいに拾いながらえぬきを入れ、少しずつサン アンドレス ララインサル村の模様を織り上げていく。静かに黙々と時が流れるこの部屋に、パスクアラさんと同じ民族衣装をまとった娘がやってくると、表情は急に母になる。織りの達人といっても、母であり雑貨店と家事を切り盛りする主婦であり、特別なところはなにもない。考えてみれば縫取織の作業だって、自分たちの着るものをつくるという、昔からのサン アンドレス ララインサル村の日常の流れのひとつなのだ。