『ビリー ザ キッド 21才の生涯』のロケ地 チュパデーロス

サムペキンパー ビリーザキッド 21歳の生涯 ロケ地

San Vicente de Chupaderos, Durango, Mexico, 2001

 

メキシコ北部のドゥランゴ州は、映画のロケ地として有名。郊外には、チュパデーロス、ビジャ デル オエステなどの西部の町のレプリカがつくられ、そこで撮影が行われた。このレプリカの町以外でも、ドゥランゴ州のあちこちでいろいろな映画が撮られている。砂漠があって大きな河が流れ、岩の山があり、はたまた荒涼とした大地もあらわれる、というロケーションは、申し分なく絵になるのだ。

州都ドゥランゴ市から北に約15km。真っ青な空に土の道、ごつごつとした山を臨む小さな西部の町チュパデーロス。ここでは1955年に『コマンチ族』の撮影がおこなわれて以来、100本以上の映画が撮られたといわれている。『チザム』『エルダー兄弟』『戦う幌馬車』などがそれで、ヒット作もそうでないものも、いっぱいだ。サム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』のいくつかのシーンも1972年から翌年にかけてここで撮られた。映画のなかのリンカーンという町は、ここチュパデーロスである。

セットは映画ごとに手直しされるので、完璧にリンカーンの町が残っていたわけではないけれど、そこここに名残があった。左の茶色い建物は、バルコニーこそ違うもののリンカーンの町の「SALOON」そのものだ。それにセットはつくり替えられても、まわりの自然は変えられない。馬にまたがるビリーの背景にあった山や木が、そのまま残っている。ビリーがリンカーンの町を去っていったのは、頂上が平らな山が見える奥のほうだ。とすると、絞首刑台があったのは、十字路のど真ん中。そして、もう建物は残っていないけれど、カントリー調のかわいらしいパット・ギャレットの白いおうちは、絞首刑台のこちら側にあったはずだ。と検証してみると、ああこの道をジェームズ・コバーンが、クリス・クリストファーソンが、ボブ・ディランが歩いていたのか、としみじみ実感した。というより、ああここにパット・ギャレットが馬車でやってきたんだ、ビリーが脱走したんだ、それをエイリアスが見ていたんだ、と信じた。映画が虚構の世界とはわかっていても、130年近い昔にほんとうにこのチュパデーロスにパットやビリーがいたような気がしてくる。

しかし、実は『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』の舞台はメキシコではなくニューメキシコ州。舞台も撮影もメキシコといえば、やはりサム・ペキンパーの『ワイルドバンチ』だ。けれどこちらはドゥランゴ州で撮ったシーンはあるものの、ここチュパデーロスでは撮影されていない。パイクたちが鉄道事務所を襲った町やアグア ベルデ、マパッチ将軍の拠点などのシーンは、おとなりのコアウィラ州のパラスとその近郊のアシエンダ シエネガ デル カルメンで撮られた。

ところで、チュパデーロスのなかには墓場もある。レプリカの墓標には、ジョン・ウェインや存命にもかかわらずクリント・イーストウッドなど、西部劇のヒーローたちの名がずらりとそろっている。そのなかにエミリオ・フェルナンデスの名を見つけた。メキシコの名監督にして『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』のパコ、あるいは『ワイルドバンチ』のマパッチ将軍。彼の立派なヒゲを思い出しながら合掌して、ビリーが立ち去ったリンカーンの出口とは実は逆の方向にあるチュパデーロスの出口に向かった。

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