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メキシコ オアハカ アラソーラ

オアハカン ウッド カーヴィング

オアハカン ウッド カーヴィングが生まれた村 アラソーラ

オアハカン ウッド カーヴィングの3大産地のひとつ、アラソーラ村(正式名はサン・アントニオ・アラソーラ)はもともとはスペイン人の所有する農園でした。そして、そこで働くためにさまざまな地域から移住してきたサポテコ族、ミステコ族、チャティーノ族などの人々によってできた村です。ですから歴史のある先住民の村、というわけではありません。ということは、オアハカン ウッド カーヴィングはサポテコ族だけがつくっているものでもなく、伝統工芸品でもないことになります。オアハカン ウッド カーヴィングは、この村からはじまったのですから。

1950年代に現在のオアハカン ウッド カーヴィングに近い作品をつくりはじめ、オアハカン ウッド カーヴィングの基礎となったのは、

マヌエル ヒメネス

この人。マヌエル・ヒメネスさんです。1919年生まれ。大酒飲み。近年、実際の製作は、


アンヘリコ アンジェリコ ヒメネスとイサイーアス ヒメネス

息子のアンヘリコさんとイサイーアスさんによるものです。子どものころから父の仕事を手伝ってきました。偉大な父親の影にかくれてあまり言及されることがないのですが、マヌエル・ヒメネスさんの作品が洗練されたものになったのは、この2人の功績も大きかったのでは、と思われます。


ヒメネス カエル

マヌエル・ヒメネス・ファミリーのカエル。マヌエル・ヒメネスさんの作品スタイルは、後続の作家たちに絶大なる影響を及ぼしました。そもそもマヌエルさんがいなければ、アラソーラのすべての作家たちは、ウッドカーヴィング製作をはじめることもなかったわけなんですが。そして、多くの作家が生まれ、その結果、村は一変しました。いまやウッドカーヴィングの村として、世界的に有名になったのです。


わたしたちは「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展の準備のため、2005年3月5日にマヌエル・ヒメネスさんと取材の約束をしていました。しかし約束の日の前日3月4日にマヌエルさんは他界。ですから、残念ながら会場で流されている映像にはマヌエル・ヒメネスさんの姿はありません。最も重要な人物であるにもかかわらず。上の写真は2004年に工房を訪ねたときに撮影したものです。

マヌエル・ヒメネスさんの孫、アルマンド・ヒメネスさんとモイセス・ヒメネスさんについては、「オアハカン ウッド カーヴィングの作家紹介」ですでにご紹介しました。ここでアルマンドさんとモイセスさんの作品を見てみましょう。

アライグマ

アルマンド・ヒメネスさんのアライグマ。


カワウソ

モイセス・ヒメネスさんのカワウソ。


こうして見比べてみると、アルマンドさんとモイセスさんの作品は、マヌエル・ヒメネスさんのスタイルをベースにしていることがよくわかります。ふたりはマヌエルさんのスタイルを参考にしながら、彼らなりの個性も発揮しています。

アラソーラには、ヒメネス・ファミリーのほかにも、いくつかの有名な作家、ファミリーがいて、それぞれ独自のスタイルがあります。ただ、みんな出発点としているのはマヌエル・ヒメネスさんのスタイル。彼の作品を参考としながらも、それを発展させて、それぞれの個性を確立していったものといってよいでしょう。

そのなかから、カルロス、スサーノ、エレアサールのモラーレス3兄弟をご紹介。

カルロス モラーレス

カルロス・モラーレスさん。1966年生まれ。10人兄弟の中でオアハカン ウッド カーヴィングの作家になったのは3人。その3人の中でいちばん年上なのがカルロスさん。ですが、ウッドカーヴィングをはじめたのは、いちばん遅かったそうで、製作歴はわずか4年。


ガゼル

でも、実力は十分。これがカルロスさん作のガゼル。躍動感のある造形と、毛並みをリアルに表現した細かいペイントが特徴。


スサーノ モラーレス

スサーノ・モラーレスさん。1968年生まれ。カルロスさんの弟。オアハカン ウッド カーヴィング・ブームの最中(詳しくは「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展図録をご覧ください)、1987年ごろからウッドカーヴィング製作をはじめたそう。やはり、ヒメネス家を訪ねて次々とやってくる観光客を見て、ウッドカーヴィングが売れることを知ったのが、はじめるきっかけになったそうです。


カブロン

スサーノさん作の雄羊。やはり毛並みをリアルに表現した細かなペイントが特徴です。


エレアサール モラーレス

エレアサール・モラーレスさん。1977年生まれ。カルロスさん、スサーノさんの弟。見ての通りまだ若者、ではありますが、ウッドカーヴィング製作はスサーノさんといっしょにはじめたそうで、18年のキャリアをもっています。


ネコ

エレアサールさん作のネコ。カルロスさん、スサーノさんとはちょっとスタイルが違いますが、やはり毛並みをペイントでリアルに表現しています。


モラーレス兄弟の作品は、爪や耳などの細かなところに派手な色でペイントを施しながらも、動物をリアルに表現するのが得意、ということのようです。マヌエル・ヒメネスさんのスタイルを出発点としながらも、目指す方向性がやや違うことがわかります。

そして、上の3人と兄弟ではないけれど、親戚のモラーレスさんをひとり。

アルセニオ モラーレス

アルセニオ・モラーレスさん。1965年生まれ。大胆にデフォルメされた動物をつくります。ビー玉を目玉に使ったりも。


ウサギ

アルセニオさん作のウサギ。大きな耳のこのウサギ、アルセニオさんの代表作です。造形は思いきりデフォルメされてますが、リアルに表現された毛並みがモラーレス家のスタイルですね。


最後に、現在アラソーラ村で最も重要な作家をご紹介いたしましょう。

ミゲル サンティアーゴ

ミゲル・サンティアーゴさん。この「オアハカン ウッド カーヴィング雑記」にもちょくちょく登場している作家。アラソーラでヒメネス・ファミリーと親戚の4人(マヌエル・ヒメネス、息子アンヘリコとイサイーアス、そして義理の息子ホセー・エルナンデス)の次にウッドカーヴィング製作をはじめたのが彼でした。ですから、1966年生まれながら、オアハカン ウッド カーヴィングの世界では超ベテランということに。10代前半のころ、マヌエル・ヒメネス家のゴミの中から失敗作の木片を拾って、ウッドカーヴィングを独学した、という逸話は以前にも書きました。寡作な作家、ということも書きました。書いていないことをひとつ。


アラソーラ 仮面

彼のおじいさんパスクアル・サンティアーゴさんは、1930年代にはすでに有名な木彫り作家でした。この仮面がパスクアルさんの作品です。それじゃ、マヌエル・ヒメネスさんより前に、オアハカン ウッド カーヴィングの原型となる作品をつくっていた人がいたの、と思われるかもしれません。でも、「マヌエル・ヒメネスがすべてを変えたんだ。彼のつくりはじめた彩色木彫りが、オアハカン ウッド カーヴィングのはじまりで、おじいさんの世代がつくっていた仮面とはあまり関係がないと思う」とミゲルさん。実際、1980年に80歳で亡くなったそのおじいさんからはなにも技術を教わらなかったそうで、彼の作品のベースは「マヌエル・ヒメネスから間接的に学んだこと」だそう。マヌエル・ヒメネスさんの死については「彼ももうゆっくり休むとき。いっぱい酒を飲んだし。これが人生だね」と。


ハリモグラ お腹

彼が「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展のために特別にハリモグラをつくってくれた、ということは図録で説明しました。ですからもちろん、展覧会でそのハリモグラの本物をご覧いただくことができますし、図録にも写真は載っています。でもひっくり返すとどうなっているかは、ご存じないと思います。これが裏側です。こんな風に後ろ足まで彫られています。
ほかの作家だったら彩色だけで表現しそうなハリ部分まで彫り込み、すみずみまで丁寧に仕上げられたこのハリモグラをご覧いただいてわかるとおり、マヌエル・ヒメネスさんのスタイルを基本としながらも、それを究極まで進化させたのがミゲル・サンティアーゴの特徴といえるでしょう。


アラソーラには、もっともっとたくさんの作家がいます。が、この度はこのくらいで。なお、ご紹介した作家のほかの作品も「Oaxacan wood carving 進化するメキシカン・フォークアート」展で多数展示しています。本物を見て作風の違いや、似ているところを実際に確かめてみてください。それから、

アレブリヘ 展覧会

展覧会の図録もあわせてご覧ください。