LABRAVA

メキシコノート 0056

オフエラ鉱山ゴーストタウン『エル・トポ』の恐怖の吊り橋

エル・トポ 吊り橋 オフエラ
Ojuela, Durango, Mexico, 2012

あるときは生まれ変わりもしくは生き直しの場所だった。そしてまたあるときは人生のアナザーサイドの入り口だった。メキシコ北部ドゥランゴ州のオフエラ鉱山にある吊り橋は、そんな映画のシーンに現れた。だからその佇まいには、なんとなく幻想的で、ちょっとセンチメンタルなイメージを抱いていたのだった。

麻薬組織シナロア・カルテルとロス・セタスが激烈な抗争を繰り広げていることで知られるコアウイラ州のトレオンを出発し、オフエラ鉱山へ。壮絶な麻薬戦争など意に介さず、ただただ明るい高揚感とともに約1時間の道のりに乗り出す。トレオンに隣接したドゥランゴ州のゴメス・パラシオという町を通り、国道49号線を北へ向かう。トレオンとゴメス・パラシオに、ドゥランゴ州シウダー・レルドを加えたラ・ラグーナと呼ばれるこの一帯は、なんとも殺風景で、たとえ麻薬戦争がなかったとしても長居したい気分にはなれない。ラ・ラグーナを抜け、ベルメヒージョという埃っぽい町で国道49号線から国道30号線に入って西へ向かう。そしてマピミという町の3キロ手前にオフエラ鉱山へのゲートがある。

このゲートから鉱山までの7キロの道のりは、オフエラの吊り橋への申し分ないイントロダクションである。最初は荒野の中の一本道を走っているのだが、景色の変化とともに、さすが鉱山地帯、と思わせる切り立った山道に変わっていく。車が1台だけしか通れない、つまり車がすれちがうこともできない細道が岩の山肌に切られているのだが、それはまさに石を削って道にしたという風情のもので、つるつるでガタガタである。ガードレールはない。でこぼこに乗り上げてつるりと滑ったら、と考えると冷や汗ものである。そんな山道を上下左右に揺られながら10分ほどドライブしただろうか、ゴーストタウンと化したオフエラの鉱山町に辿り着いた。崩れかけた石造りの建物群はマヤやアステカの遺跡のようでもある。そしてゴーストタウンの中央を貫く通りの奥には、あの何度も映画で観た吊り橋の主塔が。ようやく、われわれのメキシコ巡礼地のひとつにめぐり会えた。

オフエラの吊り橋は、鉱山町と鉱山の第4縦坑をつなぐため、1890年代につくられた。全長約300メートル、谷底まで約100メートル。建設当時は世界で2番目に長い吊り橋だったそうだ。吊り橋主塔の基礎に嵌め込まれたプレートにはドイツの技術者サンティアーゴ・ミンギンによって建設されたと書いてあるが、実際にはドイツ人のヴィルヘルム・ヒルデンブランドが設計し、ブルックリン橋で知られるジョン・ローブリングの会社が建設したらしい。

さて、吊り橋に足をかけてみる。歩くとピヨピヨと橋板の擦れる音が。そして朽ちかけた橋板の隙間からは遥か100メートル下の谷底が見える。文句なしのスリルである。橋板や欄干などは古びた木製、しかもこれが吊られているだけと思うと、ますます恐怖心がつのる。腰砕けの状態で橋を下りて、しっかりと地面に足をつけ吊り橋を眺める。たしかに怖い。怖いが、ただ怖いだけの古くさい吊り橋かというとそんなことはない。橋を吊るワイヤーが美しく優雅な曲線を描いて岩場と岩場をつなぐ姿は、寂れたもの静かな古い鉱山のゴーストタウンに似つかわしく、荒々しい谷に100年もの歳月を経て溶け込んだ佇まいには清々しさすら感じる。果たして、実物のオフエラの吊り橋は幻想もセンチメンタルも感じさせなかったのである。

映画に戻ると。アレハンドロ・ホドロフスキーの『エル・トポ』では、エル・トポが女ガンマンに撃たれて倒れたのが、この吊り橋だった。エル・トポはこの後、全く別の人生を生きる。その生まれ変わりの地点こそ、ここなのだった。アレックス・コックスの『PNDC エル・パトレイロ』では、理想を捨てたハイウェイ パトロールのペドロが売春婦のマリベルを救うために渡る吊り橋、家族をもつペドロをもう一つの人生へと送るゲートになった。

こうして実際にオフエラの吊り橋を訪れてみると、エル・トポが橋の欄干に立ち上がるショットや、橋板の上をよろよろと歩いたり倒れたりするシーンは、まさに命がけの撮影だったことがわかる。おかげで特に怖いとは感じていなかった吊り橋のシークエンスが、今では『エルトポ』随一の恐怖を感じさせる映像になってしまった。とはいえ、『エル・トポ』の映像の衝撃も、オフエラの吊り橋の恐怖も、2012年の1年間で1000人以上が殺されたという「世界で5番目に危険な都市」トレオンで起こっている途轍もない現実に比べれば、怖いどころか長閑とすらいえる程度なのだけれど。