LABRAVA

メキシコノート 0052

チャムラ村ロメリージョの墓地

チャムラ村サン ファン チャムラ地区ロメリージョ墓地の十字架
Chamula, Chiapas, Mexico, 2009

メキシコ・チアパス州のマヤ系先住民ツォツィル族の村チャムラには大きな墓地がふたつある。サン ファン チャムラ地区の中心部にある、廃墟となったサン セバスティアン教会堂を囲む大きな墓地がひとつ。そして、同じサン ファン チャムラ地区ではあるが、東端のロメリージョという集落にもうひとつの大きな墓地がある。

見晴るかすなだらかな丘にお墓が点々と盛られ、その丘のてっぺんに高さ9メートほどの十字架22本が林立するロメリージョの墓地。墓地とはいえ、羊が草を食む、一見のどかな光景なのだが、巨大な十字架に目を移すと、その堂々とした存在感と不思議な空気に気圧される。1938年、メキシコ革命後の混乱の最中、グレアム・グリーンもここに来た。グリーンのメキシコ紀行『掟なき道』(創土社)によれば、騾馬にまたがったグリーンは、サン クリストバル デ ラス カサスに向かう途上、ここロメリージョの墓地を通ったのだった。過酷な騾馬の旅、それも夜のことゆえ、ディテールがはっきりと見えていたわけではないだろうが、敬虔なカトリック信者のグリーンがこの呪術的な十字架の佇まいに何も感じなかったわけはない。

チャムラの人々のほとんどがカトリック信者であることを考えれば、教会堂や丘、墓地などに立てられているチャムラ独特のペパーミントグリーンや青の十字架も、キリストの受難を象徴するカトリックの十字架と考えるのが順当なところ。が、この十字架はカトリックに改宗させられる前から存在するマヤの十字架だった、というのがどうやら本当らしい。と思えば、カトリックの作家であるグリーンがマヤの信仰とカトリックの折衷を許せたかどうか。メキシコの旅を「掟なき」といった理由のひとつはこれかもしれない、と深読みしたのだが。

ところがグリーンはこの墓地を「山奥の異邦の世界では、クリスト(キリスト)教が独自のおそるべき流儀でつづけられている」ととらえて、この十字架のことを異教とはみない。さらに「ぼくらはクリスト教における魔術的要素を軽視しすぎる傾向がある」と、キリスト教の魔術的な要素にも言は及ぶ。「おそるべき流儀」とは言いながらも、土着の信仰と合体することでキリスト教が本来持っている魔術的要素がむくむくと甦り、異邦の世界で生きた宗教として信仰されている様に感慨を覚えたのかもしれない。そして最後には「大地の宗教というのをおもう」と、この章をしめくくるグリーン。こちらもだんだん、この十字架がマヤだのカトリックだのと、どちらかに決めるなど無意味なことに思えてくる。カトリックであり、そしてマヤでもあるのだから、ただチャムラの十字架、チャムラの大地の宗教でいい。