LABRAVA

メキシコノート 0042

「アンドレ・ブルトンの十字架」

アンドレ・ブルトンがデザインした?メキシコの十字架
Erongaricuaro, Michoacan, Mexico, 2009

ミチョアカン州のパツクアロ湖畔の村エロンガリクアロの教会堂のアトリオには、この村に住んでいたアンドレ・ブルトンがデザインしたロートアイアンの十字架があるという。ブルトンがデザイン? とは思ったものの、それはアンユージュアルな十字架であるとの自信ありげな書きっぷりに、そのシュルレアリスム創始者による十字架がとっても「シュール」なものなのではないか、とイメージはどんどん膨らんでいった。ここエロンガリクアロと隣村サン フランシスコ ウリーチョ、その先の先にあるトクアロ村の、手の込んだドロンワークやクロスステッチが施されたブラウスを仕入れるついでに、十字架を見てみることに。

エロンガリクアロは小さい村だけれど、白壁と赤茶色の瓦屋根の家々が並んだ落ち着いた雰囲気のいいところ。ここにはフランスのシュルレアリストのグループが移り住んでいたとか、ロベルト マッタやレメディオス バロなど多くの芸術家が訪れたり暮らしたりしたとかという話もある。中央広場には、やはりこの村に滞在したことがあるという噂の第44代大統領ラサロ カルデナスの胸像がたつ。どこにも行き先のなかったトロツキーをメキシコに受け入れた当時の大統領である。それにスペイン内戦による亡命者をたくさん受け入れたことでも知られ、その亡命者たちがメキシコの芸術の発展に影響をあたえたともいわれる。と、そんないわくを考えると、この村の静かさに芸術的なにおいがかすかに混じっているような気がしてきた。

中央広場の東南角から、天使や聖人など4体の彫刻が並ぶ参道入口が見える。その参道を進み正門を抜けると、16世紀に建てられた教会堂とは微妙に雰囲気がちがう十字架がアトリオの中央に立っている。これこそ「ブルトンの十字架」。メキシコ各地で見られるテキキ様式の十字架をモダンにつくりかえてみました、といった風情のたしかに珍しいものである。ところがこの十字架、ほんとうにブルトンがデザインしたのかどうかわからずじまいだった。どこにもサインや銘板などはないうえに、どう調べても証拠が見当たらない。イクトゥス(魚)を中央に、鳩や梯子、太陽と月などのモチーフが並び、すっくと青空に突き立つこの十字架の存在感に、ブルトンのデザインという伝説が残っても不思議ではない、と思う。でも、事実はわからない。それどころか、ブルトンがここに住んでいたというのも定かではないらしい。「足跡を残した」とか「ディエゴ リベラやフリーダ カーロとともにこの辺を旅した」とかというほどの記述しか見つけられなかった。ただ通り過ぎただけだったのかもしれない。

十字架の作者はともかく、地元では短く簡単にエロンガという愛称で呼ばれるエロンガリクアロは、訪れるに値する居心地がよくのどかな村だ。そのエロンガの、1951年のようすをおさめた映像がある。60年近く前とは幾分かわったものの、湖畔のやさしい雰囲気は今もそのまま。 The Fisher Folk of Lake Patzcuaro(再生時間10分くらいからがエロンガリクアロ) >