LABRAVA

メキシコノート 0039

ウィリアム・バロウズ モンテレイ122番地

ウィリアム バロウズの妻ジョーンが射殺されたメキシコのアパートの写真
Mexico D.F., Mexico, 2009

ウィリアム・バロウズがここで妻のジョーンを撃ち殺した。ウィリアム・テルをまねて、ジョーンの頭にのせたグラスを撃とうとして誤ってジョーンを撃ってしまったというあの有名な事件が起こったところである。バロウズがわざと撃ち殺したのではないかとか、ジョーンが故意に動いて自ら弾に当たったのではないかとか、いろいろな憶測もあるという。当初の、酔ったうえの不幸な事故、誤って撃ったというウィリアム・バロウズ自身の主張も、生涯一貫していたわけではなかったそうだから、ほんとうのところはもうだれにもわからない。でも、メキシコの不思議で呪術的な空気が、バロウズをしてそうさせた、などとは絶対に言うまい。なにしろ、メキシコはバロウズを呼んでいたわけではなかった。保釈中に逃げた先がメキシコだっただけのこと。

ウィリアム・バロウズはビートニク。ジャンキーでゲイ。なんだかアブないインテリ的風貌。カットアップやフォールドインなる斬新な手法を生み出した超クールな作家。ところが、自伝的な『ジャンキー』や『おかま』などは別として、読んでみてもなんだかちっとも理解できない。わかったふうなふりしてバロウズってすごいね、カットアップを堪能したよ、なんて言いたいのだけれど、実はがまんしてがまんしてやっと読みとげたという現実。せめて、このウィリアム・バロウズの作家としての転機となった事件の現場に立って、なにか語れるようになっただろうか。

ここの1階には、『おかま』によく出てくる飲み屋「シップ・アホイ」、実際には「バウンティ」という名の店があったが、今はごくごくふつうのケサディージャ(トルティージャにチーズをはさんであげたもの)やトルタ(メキシコ風サンドウィッチ)を売る軽食屋に変わっている。張りつめたオーラなどをこの建物に期待していた訳ではなかったが、そんなのどかな日常になんだか脱力。ここローマ地区は、メキシコシティのおしゃれどころコンデサ地区のとなりの小じゃれたところ。きっとその片隅の、ありきたりで平和でおだやかな雰囲気が、バロウズとなじまずなんとなく落ち着かなくさせるんだ。晩年のウィリアム・バロウズがネコたちと静かに暮らしていたという事実が、収まりどころが悪くてしっくりとこないような気分にさせるのと同じような。