LABRAVA

メキシコノート 0032

メキシコの犬

Morelia, Michoacan, Mexico, 2004

メキシコでは野良犬をよく見かける。市場に、屋台のそばに、広場や公園に。食糧が期待できるところに彼らは集う。ところが、みんな大きな風体のわりに臆病だ。近寄っては蹴られ、食べ物に鼻面を押しつければ殴られ、時には棒で殴られ、いつも人間にこっぴどく扱われているのだから、大きな体に似合わずおどおどと尻尾を丸めているのもしょうがない。これが飼い犬となると、当たり前のことながらずいぶんと事情がちがう。友人のアリシアとデスモンドの犬たちは、家のなかでたいせつに放し飼いされている。ソファの上でリラックスする大型犬3頭。「ソファは犬たちのために買ったようなものになってしまったよ」と、困っているというよりはうれしそうに話すデスモンドに、日本のペットと飼い主の姿が重なる。ふと思い当たって、チワワはメキシコが原産地なのに、メキシコでチワワを見たことがないと聞いてみた。「あんなにちっちゃいんだから、家の外に出したら危ないよ」とデスモンド。たしかに、尻尾を丸めた臆病ものとはいえ、あの大きさの野良犬のなかで、チワワが無事に散歩できる気がしない。

チワワの祖先は、メキシコの先住民族トルテカ族やアステカ族に飼われていたテチチという種類の犬らしい。それが、スペイン人が持ち込んだ中国の小型犬とかけあわされて小さくなったようだ。このへんの事情はきちんと解明されているわけではないそうだけれど、とにかくこのテチチのミクスチュア犬が、1850年にメキシコ北部のチワワ州で発見され、アメリカで交配を重ねて現在のチワワが誕生したのだそうだ。チワワの名も、この発見の地チワワ州に由来する。

メキシコの犬となれば、ショロイスクィントリ犬も忘れてはいけないところ。やはりスペイン人がメキシコにやってくる以前からアステカの人々に愛されていた犬で、どことなく顔かたちがチワワと似通っていなくもないが、大きさはチワワくらいから柴犬くらいまでの種類があって、毛がないのが特徴。メキシカン・ヘアレス・ドッグとも呼ばれるほど、つるつる。ところが自身は毛がなく寒さに太刀打ちできそうもないのに、アステカの人々はこのショロイスクィントリ犬を湯たんぽがわりに抱いて寝ていたらしい。それだけでなくショロイスクィントリ犬は、死者をあちらの世界へ導く存在とも信じられていた。そんな神聖な役割を担うのはチワワの祖先テチチも同様で、死者といっしょに埋葬されているテチチの骨が発見されている。ちなみにショロイスクィントリ犬は、フリーダ カーロも飼っていた。彼女の絵に登場するショロイスクィントリ犬は、体のバランスが本物よりもより可愛らしい。

さて、アリシアとデスモンドの犬たち。チワワやショロイスクィントリ犬のようにメキシコ原産とは言い切れないミックス犬ながら、メキシコ生まれならば死後の世界へと導いてくれるような、神聖な雰囲気を醸してもよさそうな気もするのだけれど、そんな風格は3頭とも、ない。それどころか愛玩犬というには大きすぎ、番犬というには甘えん坊すぎる。ただ、遊んでいると楽しくてメキシコにいることをすっかり忘れ、つい日本語で「おいで」と呼んでしまっても、必ずやってきてくれる彼らに、要は気持ちの問題だ、心のつながりだ、というたいせつなことを無邪気に教えてもらったのだから、それでいい。