LABRAVA

メキシコノート 0030

イシドーロ・クルースとマルガリータ夫人

オアハカの木彫り作家イシドーロ・クルースとマルガリータ夫人
San Martin Tilcajete, Oaxaca, Mexico, 2004

イシドーロ・クルースは、メキシコ・オアハカ州サン・マルティン・ティルカヘーテ村で最初のオアハカン ウッド カーヴィング作家である。もともと木彫りの伝統などないこのサポテコ族の農村が、オアハカン ウッド カーヴィングの産地として有名になったのは、彼が人々に木彫りの技術を教え広めたからだ。とはいえ彼が有名なのは、村のオリジネイターだったからというばかりではなく、なによりも作品の放つ強力な魅力ゆえである。初めて彼の作品を見たのはアメリカのChronicle Booksから出版された『OAXACAN WOOD CARVING』だったが、有名な作家をほぼ網羅したその本のなかで、彼の作品の異色さは際だっていた。とくに4つの小ガイコツを頭に乗せたピンク色のガイコツの仮面は衝撃的で、そのユニークな造形は彼の非凡な才能を充分すぎるほどに感じさせる。彼は「カトリックは信じていない。信じているのは三つの神。どこかにいるはずの神のなかの神と、山や植物などの自然に宿る神、そして死を司る神だ」という。くだんの衝撃的なガイコツの仮面だけでなく、暗い神秘性と健やかな笑いが共存しているような彼の作品には、そんな信条が知らず知らずにこめられているのかもしれない。

そんなイシドーロ・クルースの作品をどうしても手に入れたくて、初めて彼の家を訪れたときのこと。なんとか探しあてた家の前にたたずみ、100年以上も前にアシエンダ(大農園)で使われていたという貫禄たっぷりのアンティークの木製ドアの堂々たる威厳に、しばし感じ入ったのだった。高さ4メートルはあろうかというほどのこの大きく分厚いドアを抜けて家のなかに入ると、開放感たっぷりのテラスが横に広がっている。そこから見える広大な敷地には、オレンジの木やコーヒーの木、トウモロコシなどが生き生きと根をはる。その日、残念ながら本人は不在だった。でも、その広々としたテラスの一隅に、彼の作品が5・6点もあったのだからとても運がよかったのだと思わなければいけない。ガイコツの仮面、動物の角がはめ込まれた小さな悪魔、紐を引くと顎がかたかたと動くガイコツ人形など、どの作品もすばらしく、とたんに気持ちが高揚した。ところが作品が予想以上に高額のため、すべて欲しいのに資金が足りない。有名作家を相手にむやみに値切ることはしないのだけれど、対応してくれた夫人のマルガリータさんにお願いしてみる。ところが「じゃ、今回はあきらめて、次の機会になさい」という。結局、作品をすべて購入するのは不可能だったけれど、何点かは入手できたのだから十分に快い気分は味わえた。

さて、驚いたことにイシドーロ・クルースの姿を日本のテレビ番組でみたことがある。水木しげるがメキシコを訪れるというその番組で、訪問先のひとつがイシドーロ・クルースの工房だったのだ。工房にあったのは義理の息子フアンの作品ばかりで、水木さんがイシドーロ・クルース本人の作品を見ることができなかったのはちょっと残念だったが、この二人のマエストロが揃ったショットはなかなかの圧巻、ほんとうにいい眺めであった。貫禄ある老の域に達した姿が似通っているからということではないだろう。意識しているかどうかはともかく、二人が妖怪や精霊、などという言葉で表されるなにかをほんとうに知っているからなのかもしれない。そんな二人の佇まいに触れると、オアハカン ウッド カーヴィングはサポテコ族が古代からつくり続けている魔除けだ、などというもっともらしい作り話がいかにも薄っぺらく感じられ、トホホな気分になった。