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メキシコノート 0026

イスーカル デ マタモロスのガイコツ

イスーカル デ マタモロスのガイコツ アート
Izucar de Matamoros, Puebla, Mexico, 2011

大江健三郎の『「雨の木」を聴く女たち』。たしかメキシコのことが書かれていたはず、とふと思いだした。今やノーベル賞作家の氏は、1976年にメキシコのエル コレヒオ デ メヒコ(メキシコ大学院大学)の客員教授として赴任していたことがあるのだが、その体験をベースに書かれたらしい一編がおさめられているのである。ディテールは忘れてしまったし、メキシコと深くかかわるようになった今、これを読んでみたらどうだろう、と読み返してみた。氏はメキシコのなにをどう感じたのだろう、などと思いながら。ところが、全編に漂うしっとりとしたやるせないような、しかし淡々とした空気のことが気にかかり、メキシコのことをどう感じたかを知りたいというような気持ちはすっかりそがれてしまった。そんななかでほんの少ししか触れられていないながらも、つっと心にひっかかったのが、イスーカル デ マタモロスでつくられた陶製の燭台のガイコツのくだりだった。

プエブラ州イスーカル デ マタモロスは、田舎の町と言い切るには少し近代的で、とはいってもなんとなく取り残された雰囲気が漂う、どうということのない町。しかしこの町でつくられる陶製の燭台やガイコツは、限りあるスペースに持てるすべての表現力を爆発させたような圧倒的な美しさで人々を魅了する。白亜で地塗りした素焼きに、アステカ風ともメキシコ古代文明風ともとれる幾何学文様や植物文様などが、すき間をおそれるかのように細かく描きこまれているのが特徴だ。

この町でいちばん有名な陶芸作家は、細密さを極めたかのような造形と彩色のアルフォンソ カスティージョ オルタである。町の中心から少しはずれた静かな住宅地にある彼の家の一室では、ギャラリーのように作品が整然と展示され、販売されている。かと思ったのだけれど、作品はすべて数か月も前にオーダーされたもので、ふらっと立ち寄って譲ってもらえるものではなく、ほとんどはフランス、ドイツ、アメリカなどのコレクターの手に渡ってしまうらしい。譲ってはもらえなくても、カラフルで細密なガイコツやら燭台やら生命の樹やらに四方を囲まれて、なんとも爽快な、美しさにうっとりとするような気分は味わえる。

『「雨の木」を聴く女たち』で、悲しく沈んだ時を主人公(作者といってもいい)と一緒に過ごしたガイコツの燭台は、その悲しみをぎゅっと吸い込んだあとに捨てられてしまう。そのガイコツがアルフォンソ カスティージョ オルタ作かどうかはともかく、ストーリーと重なって彼のつくるガイコツがなんとなく重厚な悲しみをたたえているように見えてきてしょうがない。もともと主人公のものではない、持ち主の定まらなかったガイコツ。その寄る辺なさと悲しみが、虫やつたのからまった多色のガイコツを包んでいるような、そう思うと遠い昔には瞳が輝いていたであろう大きな空洞から今にも涙が滴ってくるのではないかと胸がつまるような、そんな気分にさせられる。